弔うということ

今 我が家には

今月はじめに亡くなった

夫の母の中陰壇を

設けている。



             四十九日までの祭壇のことを中陰壇と言うそうな




この母の息子である夫の

度重なる裏切りにあってからは

いずれ この日が訪れても

自分にはできないと思っていた。



数年前にしばらくの間

仏壇を我が家に置いていたことがあったのは

義兄が亡くなった後に

いつからともなく覚悟をしていた私自らの意向だったのだけれど・・・



でも

あのおぞましい出来事以来

私には無理だと思ってきた。



毎朝

お花の水を変え

お線香を炊いて

手を合わせることなど

私には絶対にできないと思っていた!




だけど これが現実・・・



目の前に

つい先日まで生きていた人のお骨箱があり

遺影がある。



それなのに

花が枯れて行くのを見過ごせない。

花もないままは 寂しいに違いない。

目の前を見向きもせずに

通り過ぎていく私を見たら

どうして冷たいの?って思うだろう・・・


認知症だった母は

真実を知らなかったから・・・。







絶対に泣くことなんてありえないと思っていたのに

出棺の時

他の親族は最後の別れを告げるために

義母の眠っているお棺の近くに行ったのに

私は席を立ち上がるのが精いっぱいで

足が踏み出せないほど

嗚咽し始めた・・・

それは

義母の死が悲しいからではなく

その息子が最後の最後まで

母親をも だまし続けていた事と

真実を知って欲しかったという気持ちが

感極まりなく

一気に溢れだしたのだ!



本音をこぼすなら

まだ 葛藤することはあるけれど


花が枯れたら

新しい花に取り換え

毎朝

花の水を変え

お線香を炊いて

南無阿弥陀仏を唱えてから

顔をあげると

そこには

義母がいい表情で

ほほえんでいる。




義兄が亡くなったあと

      〇〇さん、先々はよろしくね

・・・などとは

一度たりとも口にすることなく

逝ってしまった義母。




今は・・・

私が葛藤を乗り越えるたびに

微笑み返して

ありがとうと言っている気がする。



数年前に

御前花にと挿し木をした菊の花・・・だけど

もう そんな必要もないからと

ずっと放置していたその菊を

今年は

いったんは 処分しようとも思ったのに 

なぜか・・・

虫の知らせだったのか・・・


2度も植え替えたら

その後

凄くいっぱい蕾がついて
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今日は、初めて仏前に飾った

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by jattymama | 2013-10-26 14:43 | 今日の出来事・日常
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